その後の『肌断食』―結局は「中庸」を選択する境地に至る 2018/10/20/Sat

前回の記事では、ひと月続けてみるつもり、と書いていた『肌断食』。
その後、どうしたかというと、結局、およそひと月やったので、気が済んだといいますか、要するに

止めました
その、やめた理由はふたつあります。

ひとつは、
一口に「顔」と言っても、何も塗らないことで良くなる部分と、何も塗らないことで悪くなる部分があるということがわかったからです。

肌断食は、洗顔のあと化粧水も乳液も何も塗りません。
最初こそつっぱってしまうのですが、そのうち肌自身が油分を出すようになってきて、びっくりするほど潤ってテカテカしてきます。

そうそう、だから、何も塗らなくてOK!! 化粧品代もかからなくなってバン万歳!・・・と、
いかなかったんです・・・。

季節が急に秋めいた関東地方、空気の乾きも急激に進みました。
私の場合は、Tゾーンは何も塗らなくてもいいけれど、そのほかの部分、ほっぺたや目尻なんかはあまり油分が出ず。ピンとつっぱって、乾燥した感じが続いてしまいました。
笑うと、シワが、そのままの深さで刻印されてしまいそう・・・

要するに、私の顔は、一枚岩ではなかった、ということです。
小さく分割されて、油っぽいところ、乾燥することろ、キメが細かいところ粗いところ、シミが出やすいところ、毛穴が目立つところ、など、いろいろな症状をもつ肌が混在していて、単純に「何も塗らなくていい」ということでは、解決しないことがわかりました。
なので、乾燥が気になる箇所には、やはり化粧水や美容液をつけることにしました。

そして、ふたつめの理由は、

『肌断食』は、なるべくお化粧もしないのが鉄則。 でも、
いくら引きこもりがちな私とはいえ、スーパーに買い物ぐらいは行くわけです。すると、
ありますでしょ?売り場に、鏡が・・・万引き防止?商品がたくさんあるように見せるため?
とにかく、鏡があるんです、いろいろな所に。
そして、
ふいに思いがけず、突然、その鏡に写った自分に遭遇するわけです。

その時の、素顔の自分にギョッとしてしまったから。

前回の記事では、
『自分のスッピンを見慣れて、「これが今のわたし」という根拠のない自信みたいなものが湧いてきた』と書いておりましたが、実際それは、これから素顔の自分が写るよー!という心の準備が出来ていて見ているわけで、そして、今自分がやっていることの、実験対象的な意味で、興味をもって自分を見ていたという面が多分にありました。
だからこそ、肯定的に、冷静に見ていられたわけです。

それが、いざ、自分の予期しない無防備な状態で「素顔の自分」に遭遇した瞬間、それはもう驚愕そのものです。

あー・・・、もう素顔では勝負できないな・・・。
いえ、誰と勝負しているわけでもなく、勝ち負けの問題でもないのですが、やっぱり、五十路を越えますと、外での素顔はキツイ・・・。
そりゃあどう見ても、お化粧している時の方が「まし」なんです。

じゃあ、お肌に負担をかけてまでお化粧するのと、美肌のために素顔でいるのと、どっちがいいの?って、またもやグルグルと結論は出ないわけです。
でも、考えてみたら、そういう答えがみつからないことって、他にも結構あるんですよね。

わたくし、40代の時2年半ほどベジタリアンでいた頃があったのですが、動物性食品を断ち、無農薬野菜を主に食す、という、かなりストイックな生活をしておりました。

ベジタリアン
その間、どうだったかというと、
まぁいい面もあったのですが、正直さすがにタンパク質不足は否めませんでしたし、あまりに体が浄化され過ぎて、ちょっとしたことですぐ体に影響が出やすくなったり、自分の中で湧いた疑問点が払拭されず、結局、徐々に普通に戻していって、最終的には止めてしまいました。
これも一定期間、意識高い系ナチュラリストを気取ってみて、もう気が済んだといいましょうか・・・

だからと言って、何でもかんでも食べたいものを食べ続けると、それはそれで弊害も多く、そっちも決してよろしくはない。

何においても、どっちかに極端に振り切った生活って、かなりな強い思い込みが必要で、ある意味洗脳されていないと続かないのだと思います。
それが楽しい間はいいけれど、ちょっとでも疑問に思い始めると、小さなほころびはどんどん大きくなって、結局なし崩し的に終焉をむかえます。
たかだか顔に何かを塗るか塗らないかも、そんな感じで、いい面もあるけど、悪い面もある。

そこで私が今回「肌断食」をやってみて行き着いた境地は、中庸で居よう、ということ。
数直線で言ったら、ちょうどゼロの近辺。
プラスにもマイナスにも極端に振り切らない、どっちにも行こうと思えば行けるけど、でも片寄らない位置。

「肌断食」の良かった所は、一旦肌をリセット出来たことです。
自分の肌が、今どんな状態なのか、何もつけないでいると本来はどうなのかが、しっかりと認識できたことは、たったひと月でも、やってみて良かったと思っています。

今まで何となく塗っていたものが、肌に合っていたのか、そもそも必要だったのか、考えるきっかけになりましたし、実際、化粧品を変えたり、洗顔方法を変えて見たり、久々に化粧品売り場に長居したりして、楽しみも増えました。

今は、朝、水だけで洗顔、化粧水つけて薄化粧して、夜は石鹸で洗顔して乾燥しやすい部分にはクリームや美容液をつける生活に戻りました。
お化粧は自分のため。
仕事モードとリラックスタイムを切り替えたり、鏡を見た時に自分を肯定できるようにするためのツールです。やっぱり私は、お化粧している方が気持ちも前向き。
ただしお休みの日は、プチ肌断食で、お化粧しない日も設けたりもしています。

結果的には、私の持論、「何を塗るのか、何も塗らないのかではなく、問題は下から上がって来て生まれ変わる新しい肌だ」というのは、正論のような気がします。

年齢的にホルモンバランスが不安定で、肌のターンオーバーも若い頃と違い、周期が長くなっていてなかなか生まれ変わってくれません。
それでもやっぱりあきらめず、肌に良いものをバランスよく適量食べ、よく眠り(これがなかなか)、ストレスをためずに暮らす、これがお肌の調子を整える、遠回りなようで近道なのかなぁ、・・・と思いました。

 

2018-10-17 | Posted in つれづれなるままに | タグ: Comments Closed 

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